願わくば大新聞も

ときの政権が右という場合でも、なびかないで欲しいと

公用パソコンでは個人情報が保護されないか?   兵庫県職員が行った通報は公益通報として扱うべきか?


  兵庫県職員が行った通報の文書をめぐって、議論になっていることのうち
 二点を疑問に思い、調べたところをメモにしました。

 

  まず要約として

 (1)個人情報の保護

   公用パソコンは公共のものだから、中にある情報はすべて明らかにすべきだ。
  そうすれば、真実を知ることができるという意見が圧倒的に多い。

   しかし、パソコンの調査をするには企業運営のため合理的必要性を要すると
  されている。むやみに調査をすることが認められているわけではない。


 (2)公益通報者保護法の外部通報

   通報先として、消費者団体、公益通報者支援団体等のほか報道機関が含まれ
  ている。

 

   次に、法第二条では、公益通報の要件として不正の目的でないことが明記さ

  れているが、これは不正の利益を得る目的、他人に不正の損害を加える目的等
  で社会通念上違法性が高い通報とされています。

 

   これらのことから、問題の兵庫県職員の通報は目的、通報先ともに要件を満
  たしている。


 (3)怪文書扱いについて

   事の発端は、問題の通報文書を全く事実のない怪文書だと断定したことに

  ある。

  名誉棄損の犯罪行為だから混乱を防止するため調査したというが、正当な手続き

  を省いて自力で調査、処分を行ったことが問われる。


 (4)結論的には

   知事が、問題の通報文書を入手した経路等を確認していれば、パソコンを調査

  する必要は無かったといえるのではないかということです。

 

   

   

 

(1)個人情報の保護

  公用パソコンに残しているデータは、私的なものであっても管理者の処分
 に任されから、プライバシーの侵害を訴えることはできない。具体的な裁判例
 もあると言われています。しかも、この意見が社会の多数派になっているよう
 に思われる。

 

  これについて疑問を持ち、更に関連する公益通報者保護法も調べることに

 しました。


  まず、個人情報の保護について

  全国労働基準関係団体連合会の判例情報には、次の二例があります。

  1)東京地裁 2002年2月26日 判決

  2)東京地裁 2001年12月3日 判決

  そして、この二件ではいずれも、原告のプライバシーを侵害されたという主張

 を認めず請求が棄却されている。

  しかし、重要なところは判決理由です。「パソコンの監視、調査が企業の円滑

 な運営上必要かつ合理的なものであること、その方法態様が労働者の人格や自由

 に対する行き過ぎた支配や拘束ではないことを要する。」としています。

 

 1)東京地裁 2002年2月26日 判決

  調査等の必要性を欠いたり、調査の態様等が社会的に許容しうる限界を超えて

 いると認められる場合には、労働者の精神的自由を侵害した違法な行為として

 不法行為を構成することがある。


 2)東京地裁 2001年12月3日 判決

  従業員が社内ネットワークシステムを用いて電子メールを私的に使用する場合、
 会社側が職務上の合理的必要性が全くないのに専ら個人的な好奇心等から監視し

 た場合など、監視の目的、手段及びその態様等を総合考慮し、監視される側に生

 じた不利益とを比較衡量の上、社会通念上相当な範囲を逸脱した監視がなされた

 場合には、プライバシー権の侵害となると解する。

 

  より詳細な判決の要旨、概要などは最下段の通りです。

 

  

 

(2)公益通報者保護法の外部通報

 1)通報先

  問題になっている兵庫県職員の通報先に報道機関も含まれているが、

 消費者庁の説明では、法第三条 三号の外部通報先として
 多数の者に対して事実を知らせる報道機関を例示している。

  詳細は
 https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_partnerships/whisleblower_protection_system/faq/faq_004#q3

 

   この場合の保護要件は

   役務提供先等に公益通報をすれば、役務提供先が通報者について

  知り得た事項を、通報者を特定させるものであると知りながら、正当

  な理由がなくて漏らすと信ずるに足りる相当の理由があること

   https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_partnerships/whisleblower_protection_system/detail/report

 

 2)「不正の目的」とは

  公益通報者保護法で、第二条に公益通報の要件として不正の目的で

 ないことが明記されている。

  第二条 この法律において「公益通報」とは、次の各号に掲げる者が、不正の

 利益を得る目的、他人に損害を加える目的その他の不正の目的でなく、、、


  これについても消費者庁の説明では

  不正の利益を得る目的、他人に不正の損害を加える目的などを例示しています。


  詳細は
    https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_partnerships/whisleblower_protection_system/faq/faq_001#q6

 

 3)結局、この兵庫県職員の通報は目的、通報先ともに要件を満たしている。

 


(3)怪文書扱いについて

  兵庫県知事と幹部職員らは、問題の通報文書は全く事実のない怪文書であり、

 名誉棄損の犯罪行為だから調査して混乱を防止する必要があったという。

  しかし、名誉棄損であれば民事訴訟なり、刑事告訴という手続きを経て解決す

 ることであり、自力で調査、処分を行うことは許されない。

  賃貸住宅の貸主が、借家人の家賃滞納を理由に家財道具等を処分して自力で

 借家人を追い出すことができないのと同様でしょう。

 

(4)最後に

  個人情報保護の問題は本件では、派生的な事柄です。正当な手順に沿っていれば
 何も議論の余地がないはずです。

  しかし、県庁内だけでなく、社会的に大きな関心を呼び、話題になっているため

 に先に調べたものです。

  公用パソコンに残しているデータは、無条件に調査等が認められるわけでは
 ない。職務上の合理的必要性、監視の目的、手段等が問われるとされている。

 

  知事が、問題の通報文書を入手した経路等を確認していれば、パソコンを調査す

 る必要は無かったと言えるのではなかろうか。

 

       

 

 (記)

 1)東京地裁 2002年2月26日 判決


〔概要〕

  原告:経済情報等を販売する企業で営業業務を担当し、社内システム委員会の

     委員を担当していた社員。


  被告:原告を雇用する企業と
     ある社員に対して誹謗中傷メールが送信されてきた事件等について、事情

     聴取等にあたった社員

 

   原告がその誹謗中傷メールの送信者である可能性が高いと被告に判断されて、

   被告がパソコン等の調査をしたこと、入手した個人データをその後も返却し

   ないことは原告のプライバシー等の侵害に当たるなどと主張した。


〔判決要旨〕

  パソコン等の調査や命令も、それが企業の円滑な運営上必要かつ合理的なもの

 であること、その方法態様が労働者の人格や自由に対する行きすぎた支配や拘束

 ではないことを要し、調査等の必要性を欠いたり、調査の態様等が社会的に許容

 しうる限界を超えていると認められる場合には労働者の精神的自由を侵害した

 違法な行為として不法行為を構成することがある。

 

  被告の事情聴取は社会的に許容しうる限界を超えて原告の精神的自由を侵害し

 た違法行為であるとはいえない、パソコン等の調査をしたことについても、その

 調査が社会的に許容しうる限界を超えて原告の精神的自由を侵害した違法な行為

 であるとはいえないとされ、原告の請求が棄却された。


〔判断理由〕

  企業秩序に違反する行為があった場合には、その違反行為の内容、態様、程度

 等を明らかにして、乱された企業秩序の回復に必要な業務上の指示、命令を発し、

 又は違反者に対し制裁として懲戒処分を行うため、事実関係の調査をすることが

 できる。

  しかしながら、上記調査や命令も、それが企業の円滑な運営上必要かつ合理的

 なものであること、その方法態様が労働者の人格や自由に対する行きすぎた支配

 や拘束ではないことを要し、調査等の必要性を欠いたり、調査の態様等が社会的

 に許容しうる限界を超えていると認められる場合には労働者の精神的自由を侵害

 した違法な行為として不法行為を構成することがある。

 

  これを検討すると、被告の地位及び監視の必要性については、一応これを認め

 ることができる。

  これに対し、原告らによる社内ネットワークを用いた電子メールの私的使用の

 程度は、限度を超えているといわざるを得ず、被告による電子メールの監視という

 事態を招いたことについての原告側の責任、結果として監視された電子メールの

 内容及び全ての事実経過を総合考慮すると、被告による監視行為が社会通念上相当

 な範囲を逸脱したものであったとまではいえず、原告らが法的保護に値する重大な

 プライバシー侵害を受けたとはいえない。

 

 2)2001年12月3日 東京地裁 判決

 

〔概要〕

  原告:会社の営業部長のアシスタントをしていた社員とその夫


  被告:会社の事業部長

   被告の事業部長から、飲食の誘いなどを内容とする電子メールが送られた

   ため、被告を批判する内容の電子メールを夫に対して送信しようとしたが、

   操作を誤り被告宛に送信してしまった。

 

   これを読んだ被告は、原告メールの使用を監視し始めていたところ、これら

   一連の行為のなかで被告は原告が自分をセクシュアル・ハラスメント行為で

   告発しようとしている動きなどを知り、勧誘メールは個人的な付き合いを

   意図したものでない、とする等のメールを送った。

    このため、原告がメールを閲読した行為等が不法行為に該当するとして

   損害賠償の支払を請求した


〔判決要旨〕

  会社のサーバーを利用したメールでは、監視の目的、手段及びその態様等を総合

 考慮し、監視される側に生じた不利益とを比較考量の上、社会通念上相当な範囲を

 逸脱した監視がなされた場合に限り、プライバシー権の侵害となると解するのが

 相当である。

  被告による監視行為が社会通念上相当な範囲を逸脱したものであったとまでは

 いえず、原告が法的保護に値する重大なプライバシー侵害を受けたとはいえない

 というべきである
 として、請求が棄却された。


〔判断理由〕

、 原告らによる社内ネットワークを用いた電子メールの私的使用の程度は、前記

 の限度を超えているといわざるを得ず、被告による電子メールの監視という事態

 を招いたことについての原告側の責任、結果として監視された電子メールの内容

 及び既に判示した本件における全ての事実経過を総合考慮すると、被告による監視

 行為が社会通念上相当な範囲を逸脱したものであったとまではいえず、原告らが

 法的保護に値する重大なプライバシー侵害を受けたとはいえない。