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願わくば大新聞も

ときの政権が右という場合でも、なびかないで欲しいと

役に立つことは100年後かもしれない

社会
 <基礎的なことを大事に>

    ノーベル賞大隅氏基礎科学に光当たった
        中国新聞 2016/10/4

    日本人が当たり前のようにノーベル賞をもら
   う時代になったのだろう。東京工業大栄誉教授
   の大隅良典さんがことしの医学生理学賞に決
   まった。

   「オートファジー(自食作用)」と呼ばれる細
   胞の仕組みを解明した研究が高く評価された。

    オートファジーは細胞が自分のタンパク質を
   分解し、リサイクルするメカニズムといえる。
 
   生命の維持に欠かせない機能であり、もし異常
   があればパーキンソン病などにつながるため
   創薬への道も開けた。こうした地道な基礎生物
   学の分野に光が当たったことも喜ばしい。

    ひたむきな好奇心と探究心が研究を膨らませ
   たのだろう。

    もう一つ注目すべきは基礎科学研究者として
   の強い自負ではなかろうか。本人は折に触れて
   「研究がどう役に立つかは気にしない」と語って

   きた。肝心のオートファジーに関しても医学分野
   への展開はさほど意識していなかったようだ。
   応用的な研究をする後輩に対しては「もっと基礎
   的なことを大事に」と、よく指導していたと聞く。

    ふと気付いたものの探究を、純粋に楽しむ。
   そこにこそ神髄があるという発想だろう。

   「科学が役に立つという言葉が社会を駄目にし
   ている」「将来を見据え、科学を一つの文化と
   して認めてくれる社会を」。

    記者会見での大隅さんの発言が印象的だ。
   目先の「役に立つ」研究に国のお金が振り向け
   られ、成果主義に陥りがちな日本の科学技術へ
   の警告にほかならない。

    自然科学分野のノーベル賞は20年前から
   30年前の研究に対するものが多い。日本で
   いえば構造不況に陥る前に、基礎科学が一定に

   重視されていた時代の研究への評価が、今に
   なって世界的に定着してきた。そうした見方も
   できなくはない。

    それが最近の受賞ラッシュの背景にあると
   すれば、将来的にはどうなるだろう。既に国立
   大や研究機関では、基礎科学研究の停滞どころ
   か弱体化しているとの指摘が絶えない。博士
   課程に進む若者も減っている。

    だからこそ「サイエンスは全てが成功する
   わけではないが、チャレンジすることが大切だ」
   という大隅さんの若い世代への呼び掛けは重い。

   必ずしも成果を見通せず、日の当たらない多く
   の研究を焦らず育てる気概がなければ、日本の
   科学力は盤石とはいえない。朗報に沸く中で、
   そのことも考えておきたい。


  * * * * * * * * * * *


 <20年後か、100年後かも>

  ノーベル賞受賞大隅さんの会見内容を伝える記事が
 出ています。印象に残ったのは、

  「本当に役にたつのは、10年後か20年後か、あるい
   は100年後かもしれない。」

  「ゆとりを持って基礎科学を見守ってくれる社会に
   なってほしい。」

  という言葉です。



 <社会がゆとりを持って>


   「社会がゆとりを持って基礎科学を見守って」
   ノーベル賞大隅良典さんは
   受賞会見で繰り返し訴えた
     ハフィントンポスト 2016年10月03日


    受賞決定直後の10月3日夜に、東京工業大学
   で記者会見した大隅さんが繰り返し語ったのは、

   短期的な成果に直結しない基礎科学を追究する
   科学的精神の重要さ、そして、それがなかなか
   許されなくなっている社会への憂いだった。


   *「人がやっていないことをやる方が楽しい。
    サイエンスの本質」

    私は競争があまり好きではありませんで、人
   がよってたかってやっているより、人がやって
   いないことをやる方が楽しいんだと、ある意味

   でサイエンスの本質みたいなことだと思って
   おります。誰が一番乗りかを競うより、誰も
   やっていないことを見つけた喜びが研究者を支
   えると常々思っています。


   *「私は大変憂えている」

    「少しでも社会がゆとりを持って基礎科学を
   見守ってくれる社会になってほしい」。会見で
   大隅さんはそう繰り返した。

   しかし「そういうことがなかなか難しい世の中
   になっている」「私は大変憂えている」とも
   語った。

  (背景には、政府による学術研究予算の削減が
   続いていることがある。)

    本当に役に立つことは10年後、あるいは100
   年後かもしれない。社会が将来を見据えて、
   科学を一つの文化として認めてくれるような
   社会にならないかなあと強く願っています。